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仙台高等裁判所秋田支部 昭和63年(行コ)4号 判決 1990年7月27日

控訴人(被告) 伊東久弥

被控訴人(原告) 八竜町

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び答弁は原判決事実摘示と同一であり、証拠の関係は原審及び当審記録中の証拠目録の記載と同一であるから、これらを引用する。

理由

一  当裁判所も被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものと判断する。

その理由は、次項に付加、補正し、新たに三項を加えるほかは原判決の説示と同一であるからこれを引用する。

二1  原判決四枚目裏八行目の「なお、」の次に、「本件賠償命令が記載された書面である甲第一八号証には、同命令を発する根拠法条として地方自治法第二四三条ノ二が掲げられており、同条六項は賠償命令に不服のある者は審査請求と異議申立をすることができる旨規定しているのであるから、右法条を掲げたことは間接的ながらこの点を教示したことになり、また、」を挿入する。

2  同六枚目表初行の次に、行を変えて次の説示を加える。

「なお、市川市長接待費住民訴訟に関する最高裁昭和六一年二月二七日判決は、地方自治法二四三条ノ二第一項所定の職員の行為について同条三項に規定する賠償命令による以外にその責任を追及されることがないことまで保障されているわけではないと判示し、賠償命令に関するいわゆる手続的専管性を否定したが、このことが同命令の公定力(不可争力)をも否定したことになるのかどうかについて少しく検討する。

右事案の論点は、未だ賠償命令が出されていない行為についての代位請求訴訟の可否であり、同判決はこれを可としたのであるが、既に賠償命令が出されこれが確定した後は、同法二四二条第二項と二四二条ノ二第二項が監査請求期間や出訴期間を限定している関係上、住民が右訴訟をするのは実際的に無理であり、住民が同命令そのものの履行を求める代位訴訟をなしうるとの解釈を是としない限り、当該自治体自体が本件の如き同命令に基づく損害賠償請求訴訟をする以外にはないことになる。この場合、請求額は賠償命令の定める金額と同額となるのは当然である。けだし、職員の賠償義務自体は所定の事実があればこれによって実体上直ちに発生するのであるが、その具体的範囲を定め、義務を確定させるための一方法である賠償命令が行政処分に該当することは殆んど疑いを容れないところであるので、これに無効原因がない限り、この命令を出した当該自治体の長がこれに拘束されるのは自明のことに属するからであり、被告たる職員側としても、その実体的内容と異なる主張をするには、先ずこれを取消しておく必要があり、取消されずに存在している以上、被告側もこれに拘束されると解すべきであるからである。

現行制度上、行政処分を取消すには行訴法の定める取消訴訟による以外にはなく、このような取消訴訟の排他的管轄が公定力の根拠であるとする見解もあるようであるが、この見解に立っても、右最判が賠償命令の手続的専管性を否定したことと、同命令を取消すには取消訴訟以外の方法はないということとの間には何の関連もないのは明らかであるから、同判決が賠償命令の公定力を否定したと理解すべきではないことになる。」

3  同六枚目裏八行目の「右事実により、」を「このような事実があるからといって、」と改める。

4  同七枚目表三行目の「出納簿への記入がなされたこと」とある次に、「被控訴人の町議会は、昭和五五年二月に、一般会計から国民健康保険会計に一〇〇〇万円を繰入れる旨の、同年六月にはさらに二〇〇万九〇〇〇円を繰入れる旨の各議決をしたから、控訴人としては、いずれ右各議決に副う繰入措置をする必要が生ずることを知りえたこと、」を加える。

三  本件賠償命令に係る損害が、控訴人の故意又は過失により現金を亡失したことにより生じたものであることは、前記引用に係る原判決六枚目表二行目から同七枚目表五行目の「いえない)、」とある箇所までに説示されている事実関係(前項による付加部分を含む。)のほか、さらに次の認定事実に徴して優に認めることができる。

すなわち、原判決挙示の採用証拠のほか、成立に争いのない甲第二〇ないし第一六七号証、第一七一ないし第一七三号証、第一七五、第二六九号証、乙第一号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一二、第一三号証、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1(一)  控訴人は、昭和三九年一一月に被控訴人の収入役に就任し、以後四年の任期満了毎に再任され、職務として被控訴人の公金の出納及び保管等の職務を行い、同五五年一二月八日任期満了により退職した。

(二)  訴外加川是は、昭和二二年頃から「加川組」の名称で土木建築業を営み(後に株式会社組織となり、同訴外人が代表者に就いた。)、同三〇年頃以降被控訴人から註文を受けて土木建築工事を請負うようになり、同訴外人が同四三年に被控訴人の議会議員になるに及んで一層控訴人と親密な間柄になった。

(三)  同訴外人は、被控訴人の発注により道路側溝改良工事、公園改良工事を請負ったのを手初めとし、大谷地三号線法防護積ブロック工事(昭和五五年三月二二日完成)をもって終る多数の工事を請負い、工事代金の支払いを受けていたが、その間の昭和四七年に発生したいわゆるオイルショックや、パラオに進出した事業の失敗などにより経営が行きづまったため、昭和四五・六年頃からは控訴人に対し工事代金とは全く関係のない融資を依頼するようになり、控訴人はこれに応じて多数回にわたって公金を融資した。

また控訴人は、長男雅毅の経営するガソリンスタンドに公金を融資したほか、控訴人自身の自動車購入代金に充てるため公金を着服した(右一連の横領について控訴人は、有罪の判決を受け確定している。)。

(四)  控訴人は現金保管のため収入役室の金庫を用いており、右金庫には少ないときでも三~四〇〇万円の金券が保管されており、他に銀行、郵便局等に被控訴人名義の預貯金口座を持って現金を保管していたが、加川に対する融資の大部分は、収入役室の金庫に保管されていた現金を手交して行なっていた。

(五)  控訴人は、昭和五五年一二月八日収入役の任期満了に伴ない後任の収入役職務代理者大山金松に事務引継を行なうこととなったが、右同日までの昭和五五年度の歳入は一四億九五三六万円余、歳出が一〇億五二四一万円余であり、その差約四億四二九五万円が現存しなければならないのにこれが存在せず、殊に金庫保管の現金は殆んどなかったため直ちには引継ができず、その後昭和五五年二月一九日まで控訴人が補填したものの同日現在、なお四一四〇万円の差引不足分があるものとして引継をなし、被控訴人に対しては「本日行なった収入役事務引継に際し、一金四一四〇万円の現金が不足し、この分は後任者に引継ぎ出来なかったことを確認し、その一切の責任は私に帰属するものであります。本日以後早急に町に与えた損害を賠償します。」等と記載した損害賠償確認書と題する書面を差入れた。

控訴人は、その後の同五六年二月二〇日までに六〇〇万円を弁済したため監査委員は損害額を三五四〇万円(41,400,000円-6,000,000円=35,400,000円)と決定し、その後前記国民健康保険会計分一二〇〇万九〇〇〇円を加えた四七四〇万九〇〇〇円(35,400,000円+12,009,000円=47,409,000円)と決定したが、その後監査委員は、支払伝票未起票のまま支払いの実施されていた(正当な支出)共済組合掛金八二八万二〇五八円及び学校給食調理員給与九五万七四五〇円、控訴人が弁償した一一万三〇八九円、廃棄されていた預金通帳の預金残高二四万七五〇二円をそれぞれ控除した結果、損害額は三七九二万一九八〇円であるとの決定をし、被控訴人町長に報告した。

(六)  右決定に係る金額は、収入役が現に保管している現金とみなすべき金額と収入役の手許に現存すべき金額との差額であり、収入役が現に保管している現金とみなすべき金額は、現金(金券一万円以下一円に至る紙幣もしくは硬貨)、郵便貯金、銀行預金等の預貯金、郵便切手、印紙の金額を点検集計したものであり、収入役の手許に現存すべき金額は、昭和五五年一二月八日現在収支計算書、これの付属書類である出納計算書(伝票綴りによる合計)、各会計区分毎の現金受払簿の残高等を集計したものであって、これらの資料により裏付けられたものである(後に伝票に一部不備があって修正されたことは前記のとおり。)。

(七)  右のうち国民健康保険会計分一二〇〇万九〇〇〇円は、一般会計から支払われたが、国民健康保険会計に繰入れる旨の伝票が起票されておらず、現に同保険会計に繰入れされていなかった(この繰入れは、秋田県の指導に基づき昭和五六年秋に行なわれた。)。

そのため、右金員の会計区分が仮に分明でないとしても、公金である以上これを収入役が保管すべきものである。

以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、国民健康保険会計に繰入れるべく支出されたが未だその繰入れのなされていない一二〇〇万九〇〇〇円を収入役の手許に現存すべき現金額算出の資料に計上した前記措置に誤りがなく、控訴人が右支出を関知していたかどうかはその結論を左右しない。

また、前掲採用証拠によれば、控訴人は加川に融資し被控訴人に返済されていない金額は三五四〇万円存する旨言明していること、右金額は控訴人が加川から交付を受けた仮領収証等の存するもののみの合計であって、同訴外人及びその余の者に対する尚若干の融資や自己の費消分等の存することを否定し得ない状況にあることが認められ、この事実に徴すると、本件賠償命令に係る額の金員が控訴人の故意又は過失により亡失したものというべきである。

したがって、前記一、二項で判示したとおり、確定した本件賠償命令に係る損害の範囲は最早や争うことができないのであるが、念の為に検討したところによっても、損害の額を争う控訴人の主張は失当である。

四  よって原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条により棄却し、訴訟費用の負担について同法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二 田口祐三 木下秀樹)

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